福岡県市民教育賞

一般社団法人 地域企業連合会 九州連携機構

産業教育賞 受賞

九州大学工学研究院 高木 節雄 氏

日本の鉄鋼業は、20世紀後半、生産量の増加とともに目覚しい発展を遂げ、鉄鋼の生産プロセスや材料開発に関する研究も活発に行われてきました。大学でも、もっとも重要な研究課題の一つとして位置づけられ、材料系の学科を有する大学には最低一つは鉄鋼関連の研究を行う研究室があったと思います。ところが、21世紀に入って、国の科学技術政策の中心がエネルギーや環境関連材料などの分野に移行すると、大学で鉄鋼を扱う研究室は数えるほどになってきました。世界中で生産される金属の95%が鉄鋼材料ということからも分かるように、鉄が人間社会を支える重要な物質であることは間違いありませんが、現在、鉄鋼材料に関する教育を満足できる形で実施している大学は数えるほどしかありません。その結果、大学で鉄に関する教育を受けることなく企業で鉄鋼材料を取り扱う技術者の数が急増し、自動車や重工業、土木・建築業など様々な分野で大きな問題となってきています。

図1 東京で開催されるセミナー(2万円/回)に参加するのに要する経費の比較

その対策として、様々な学術団体が、社会人の再教育を目的とした各種の教育セミナーを実施するようになってきましたが、そのほとんどは、集客能の高い関東地区に集中して開催されています。このままの状態が続くと、地方と中央の企業間の技術格差が拡大することが懸念されます。分かり易く説明すると、東京で開催されるセミナーに福岡から社員を派遣する場合、多額の経費がかかるということです。一例として、図1に、東京と福岡から1名の参加者を派遣するときの必要経費を示します。この図に示したように、参加回数(あるいは人数)が増えるにつれて、企業の経済的負担に関する地域格差は大きくなっていきます。要は、九州の企業がそこまでして社員をそのセミナーに派遣するかということです。経済的な面だけでなく、移動にもかなりの時間を要しますので、九州・山口地区の企業は、人材育成という観点からすると、はじめから大きなハンデキャップを背負っていることになります。私が、日本熱処理技術協会の九州支部を立ち上げようと思ったきっかけは、九州・山口地区の企業に対して、そうした経済的な不利益を無くし、等しく勉強する場を提供したかったからです。

図2 日本熱処理技術協会・九州支部が開催する「基礎教育セミナー」の参加者と参加企業数の推移

ただし、人材育成の成果は、企業の利益としてすぐに現れるものではなく、10~20年の年月をかけてじわじわと出てくるものなので、企業経営者の理解と協力なくしてはこうしたセミナーの運営はうまくいきません。また、セミナーの企画は利益を得ることが目的ではありませんので、講師を務めていただく方々の協力がなければ、企画そのものが成立しません。幸いにも、日本熱処理技術協会の九州支部では、地元企業や大学の方々の協力を得て、技術者のための教育企画「基礎教育セミナー」を恙無く立ち上げることができました。また、受講者数につきましても、図2に示しますように2003年に第1回を開催して以来、順調に増えてまいりました。自画自賛かもしれませんが、福岡県に籍を置く企業の数からすれば、ここ数年、50名以上の参加者というのは納得いく数字ではないかと思っています。

図3 平成15年から23年までの9年間のセミナー受講者の県別割合

ただし、このセミナーの受講者を県別に見てみますと、図3のように、そのほとんどが福岡県の方々であり、九州・山口地区においても大きな地域格差があります。企業数の割合から見て、福岡県内の企業の参加者が多いのは当然の結果かも知れませんが、まだまだ宣伝不足ということもあるようです。日本熱処理技術協会・九州支部では、「出前セミナー」と称して、依頼先に講師を派遣して「基礎教育セミナー」を開催する事業も行っています。10名以上の受講者を集めていただければ「出前」することができますので、積極的に事務局に声を掛けていただければ幸いです。今回は、こうした人材育成活動に対しまして「福岡県市民教育賞・産業教育賞」をいただきましたが、これを励みとして、これからも九州・山口地区の企業の発展と人材育成に貢献していきたいと思っております。先に述べましたとおり、教育効果は短期間に現れるものではありません。
しかし、人材育成なくして企業の技術レベル向上もありえませんので、私どもの活動に対しまして末永いご支援をよろしくお願いいたします。

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九州大学工学研究院
高木 節雄 氏

1953年生まれ。福岡出身。1981年に九州大学にて博士課程を修了。同大学にて助手、講師、助教授を経て、現在教授。鉄鋼材料に関する研究に従事し、西山記念賞(日本鉄鋼協会)など多数の賞を受賞。2002年に日本熱処理技術協会の九州支部を設立、九州・山口地区の技術者を対象とした「基礎教育セミナー」を開始。日本鉄鋼協会の理事、日本熱処理技術協会・九州支部の支部長などを歴任。現在、日本鉄鋼協会の副会長。